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教習日記をアップしました。

 投稿者:変質部  投稿日:2002年 5月27日(月)10時41分18秒
  元々CD-ROMに組み込むつもりでHTMLファイル化はしておりましたが
何分容量がデカすぎてファイルを開いた瞬間アプリケーションが
凍り付くという有様で編集出来ませんでした。
まぁ時期主力マシンだと楽勝で編集出来るようになったので
今回アップさせていただきました。
段落とかのまとめ方など気に入らない点もあるのですが
まぁアップ出来るギリギリのあたりまで編集出来たと思います。
ひょっとしたら文章で飛んでいるところもあるかもしれませんので
気がついたところがあれば教えて下さい。
 


山頭火の一生

 投稿者:激発  投稿日:2002年 5月25日(土)17時24分0秒
  山頭火の一生
*種田 山頭火(たねだ さんとうか)
 本名 種田正一(しょういち)。 明治15年(1882年)に山口県防府市の大地主種田竹冶郎の長男として生まれるが、11歳のときに母は井戸に投身自殺し、父は放蕩三昧で妾宅通いと、さんざんな子供時代を過ごす。当人も大学時代から酒に溺れ、良家の娘の妻(咲野 さきの)を得てからも生活はまったく改まらなかった。
 そのうちにこの父子二人はみるみる財産を食いつぶし、なんとか立て直そうと酒蔵を経営するも2年続けて酒を腐らせたことがきっかけでとうとう破産し、一家は離散した。
 山頭火は熊本に落ち延び、妻と「我楽多(がらくた)」という古本・額縁屋を開くも、帳場には落ちつけずたびたび酒の上での乱痴気騒ぎを起こし、ついには44歳の時に泥酔の上路面電車の前に立ちはだかるという暴挙に出て、とうとう寺にあずけられる身となる。
 そこで出家し、耕畝という名を戴いて僧として味取観音堂の堂守となる。しかし、それも長くは続かず、妻にも一人息子(健)にも何も言わぬまま、45歳で当てのない托鉢行脚の旅に出てしまう。
 その後は約8年間、行乞から得られる米や喜捨銭、木村緑平をはじめとする友からの援助などに支えられながら、西日本を中心としてほぼ日本全国を旅した後、山口は小郡の其中庵、湯田の風来居と移り住み、最後は四国松山の一草庵で本人の希望通りポックリ往生した。享年58歳(昭和15年没)

 托鉢僧のなりはしているものの、ときどき羽目を外して、ただ酒を飲むは芸者と騒ぐわで、俳句仲間に多大な迷惑をかける、言うなればだらしない男であった。それなのになぜか多くの人に好かれ、しかもその中で珠玉のような俳句を残した。
 彼の俳句は自由律に属し、季語や字数にとらわれない特徴がある。そしてそこには人間の性(さが)が赤裸々に表れている。
 
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焼き捨てて日記の灰のこれだけか

 投稿者:激発  投稿日:2002年 5月25日(土)17時23分3秒
  焼き捨てて日記の灰のこれだけか

 なんとはなしに年が明けました。新世紀ということで新たに何かを始めようとしている方もいらっしゃるでしょう。心機一転して日記をつけ始めたという人も・・・
 そんな風潮にちょっとした皮肉というわけではないのですが、ほんの一石を投じる一句を。

 山頭火の日記は、拙ホームページでも一部ご紹介しているようにかなり残されているのですが、一度山頭火は自分の日記を全部焼いてしまったことがあったようです。それも放浪を始めた初期の方で、衝動的な行動であったのか、それとも随分悩んだ末なのかは分かりませんが、我々からするとなんとも惜しい気がします。

 それでも山頭火の身からすれば、消し去りたい(今風にいえばリセットしたい)ことが多かったのでしょうか。放浪の中期以後とは異なり、まだまだ本当の覚悟が決まっておらず、俗世間と行ったり来たりのふらふらした時期であり、内容もかなり本意でないことが多かったのかもしれませんが。

 それにしてもそんなに短い期間でもない間にため込んだ日記を焼き捨ててみれば、残った灰のなんと少ないことよ。この少なさはくだらなく中身の乏しい自分の生き様を嘲笑するようであり、過去を吹っ切ってしまおうという前向きな気持ちをちょっとばかりくじくものです。それとともに少ない灰と化した日記に対する愛惜の念も生じたでしょう。

 所詮、生きているかぎり過去は現在とつながっており、未来はその先にあるもので、その鎖を断ち切ることなど一個の人間には出来ることではありません。そうであるからこそ一瞬一瞬を大切にしなければならないのです。
 すでに消散していった煙に消えた大部分の日記に改めて済まなく思いながら、明日からの行乞生活に気を引き締める山頭火なのでした。

 

酒をたべてゐる山は枯れてゐる

 投稿者:激発  投稿日:2002年 5月25日(土)17時22分8秒
  酒をたべてゐる山は枯れてゐる

 そうこうするうちに、今年も終わりに近づいてきました。巷ではミレニアムだ世紀末だと喧しいですが、一年が過ぎてまた次の一年が来るだけのこと。小賢しい人間が考えた世紀の区切りよりも、もっと悠久な時の流れに身を任せるのが一番ではなかろうか。

 さて、一日を終えた山頭火、いつになく静かな夕げを迎えています。幸い今夜はこの部屋を独占できそうだ。やれやれ・・・何といっても酒に生かされているような山頭火にとって夕べの一杯は、我々の晩酌以上に充実した大事なひとときなのでありましょう。 

 口に入れるものがなくてひもじい思いをすることも多いけれど、今夜はこうして落ち着いて杯を傾けられる時間が持てた。そのことをたまらなく嬉しく感じながら、ひとりぼっちの宴がひっそりと始まります。肴なんてものはもとよりあるはずもなし、決して山頭火にとって十分多くはない酒をゆっくりあおってはかみしめるように味わいつつのど越しを楽しみます。それはまさしく「のんでゐる」のではなく「たべてゐる」のであり、放浪坊主の山頭火のささやかな感謝の想いであります。

 破れかけた障子の向こうには、冬枯れの山がか弱い夕日に照らされています。青い山が好きな山頭火にとってまさに芯から淋しい季節ではあります。そう、このひとときの享楽が終わってしまえば、せんべい布団で眠れぬ夜を過ごし、またあの枯れた山をあるいていかねばならないのだ。そう思うと、酒の味も少しほろ苦く思えてくるのでした。

 我々も、家族というぬくもりに包まれるなんて実はほんの一時であります。後は、このせち辛い世間の中でもまれ流されていく一葉なのです。そう思うとせつなくなりますが、まあ今夜の憂さはこの一杯で胸に閉じこめておきましょう。さ!もう一杯いきますか?

 

ひらひら蝶はうたへない

 投稿者:激発  投稿日:2002年 5月25日(土)17時21分2秒
  ひらひら蝶はうたへない

  同じ蝶を読んだ句ではありますが、「てふてふひらひらいらかをこえた」の明るさに比べてなんと哀調のあることでしょうか。

 いかに美しくとも華麗であろうとも、蝶は声を発することができません。ましてや歌うことなどかなわないことなのです。ただ、その「美」というものでしか語ることを許されていない存在よ。

 この句が蝶に対する哀れみを素直に表したものなのか、それともそんな蝶に対して句を詠える自分を誇らしく思っているのか、はたまた「美」というものの本質、それはじっと「理解者」を待ち続けるさだめにあり、決して自ら主張するものでは有り得ないのだ、という何らかの芸術論に基づくものであるのか、小生にははかりかねます。

 恐らくはそれら全てを包含しているのでありましょうが、哲学的な深みのある味のある句だと申し上げてご勘弁願いましょう。

 
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ぼろ着て着ぶくれておめでたい顔で

 投稿者:激発  投稿日:2002年 5月25日(土)17時20分5秒
  ぼろ着て着ぶくれておめでたい顔で 

 新しい年が明けました。いろいろ気にかかることはありますが、なにはともあれめでたいことです。今回の句は『草木塔』の「柿の葉」より。

 其中庵で食うや食わずのあてのない暮らしを続ける山頭火にも正月はやってきます。餅や御節があるわけでもなく、静かで侘びしい独り住まいの正月です。山頭火もなけなしの銭を叩いてお屠蘇でも味わったのでしょうか。
 ちょいといい気分になって、水でも飲もうとするやその水面に、好々爺とでもいいたくなるような自分の影が映ります。なんとまあぼろの着物を着て、しかも寒そうに着ぶくれて、それでいながらちょっと幸せそうな自分の顔であることよ。

 流れ流れて旅に疲れ、やっと落ち着くことの出来た庵の中で、のんびりと迎えられた正月が嬉しくてたまらない山頭火が居ます。何ももってはいないけれど満ち足りている山頭火がいるのです。 
 
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さて、どちらへ行かう 風が吹く

 投稿者:激発  投稿日:2002年 5月25日(土)17時19分12秒
  さて、どちらへ行かう 風が吹く 

 山頭火の旅は、自分を見つめる旅です。でもなかなかわからないのも自分です。そんなことを思いながら歩いていると、二股に分かれた道にさしかかりました。あてのない旅です。さあどちらへ行こうか...。道の迷いは人生の迷いです。思いあぐねていると一陣の風が吹いてきました。迷っている自分にはっと気づき、これではいけないと思いながら、結局風に身をまかしてしまうのです。誰でも通る人生の岐路。あなたにはどんな風が吹いていますか?

 
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分け入っても分け入っても青い山

 投稿者:激発  投稿日:2002年 5月25日(土)17時18分13秒
  分け入っても分け入っても青い山 

 春から初夏にかけて、山並みの緑は日に日に濃くなり、日差しも強くなってきます。 今回は山頭火の句の中でも最も有名なものの一つを。
 この句を、何の説明もなく鑑賞する場合、初夏の山並みを旅する心地よさ、清々しさを詠んだような感じもしないではありません。この原因は「青い山」という表現にあるのではないかと考えています。
 しかし、「分け入っても」の「も」に注目してみましょう。 この「も」は、「…なんだけれど」ということであり、それを繰り返していることによって、「求めているものがなかなか見つけられない焦りやもどかしさ」が表されているように思えます。
 そこに「青い山」です。この明るいイメージの言葉は、「楽しげで生気に富んだものであるが山頭火の求めるものではないもの」を強調していると考えられます。それは人生の中の生業に打ち込む楽しみや家庭での幸せ、そして浮き世の華やかな快楽であり、普通の人々が生きている世界そのものなのかも知れません。 しかし、山頭火の求めるものはあくまでそれではないのです。
 それでは山頭火の求めるものはなんなのか。そしてそれはどのような情景に表現しようとしたのか。それはこの句の後に、永遠の余韻として残っています。 山頭火自身もまだわからない「何か」なのです。その「何か」を求めて山頭火は旅立つのでした。

 この句は、『大正十五年四月、解くすべもない惑ひを背負うて、行乞流転の旅に出た。』というように山頭火が味取観音堂を飛び出し、あてもないさすらいの旅に出たときのものです。 この句にあるのは、旅への決意、というよりも、むしろ目的ない旅へのとまどいが表現されているのではないでしょうか
 

静岡・浜岡原発で水漏れ、原子炉を停止

 投稿者:ネヲ烏龍茶  投稿日:2002年 5月25日(土)17時10分43秒
 
2002 年 5月 25日

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25日午前2時20分ごろ、静岡県浜岡町の中部電力浜岡原子力発電所2号機(沸騰水型軽水炉、出力84万キロ・ワット)の緊急炉心冷却装置(ECCS)の低圧注入系につながる余熱除去系配管から水漏れが生じているのをパトロール中の同社作業員が発見した。中電は約30分後、原子炉の手動停止作業に入り、同午前4時34分、原子炉が停止した。

同社によると、水漏れの量は1分間に約600cc。現在、水漏れはほぼ止まっており、外部への放射能の影響はなく、作業員の被ばくもないという。

浜岡原発2号機は、昨年11月の同原発1号機の配管破断・原子炉水漏れ事故を受け、緊急点検実施のために同月から運転を停止。中電は今月24日、「安全について、地元などの理解を得られた」として2号機の運転を再開させたばかりだった。

 

カメルーン、来日後も“お騒がせ旋風” (夕刊フジ)

 投稿者:ネヲ烏龍茶  投稿日:2002年 5月25日(土)17時09分13秒
 
2002 年 5月 25日

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カメルーン代表
5日も遅れてキャンプ地・大分県中津江村をやきもきさせたカメルーン代表。来日後もマイペースぶりをいかんなく発揮し、関係者を困惑させている。


“不屈のライオン”たちはこの日、予定されていたJ2・サガン鳥栖との練習試合に臨んだ。だがここでも、チームの出発が遅れたうえに渋滞にも巻き込まれ、佐賀県・鳥栖スタジアムへの到着は大幅に遅刻。結局、試合は1時間遅れの午後8時から開始されたが、カメルーンの要望で急遽、30分ハーフに短縮。それも、人気のエムボマ選手が出場しなかったこともあって、駆けつけた約1万7000人の観客は肩透かし気味。


さらに、“お騒がわせ旋風”はとどまるところを知らない。モハメド・イヤ同国サッカー連盟会長は24日、「中津江村に遅れて来たので、(次のキャンプ地に)遅れて行くのは致し方ない」と宣言。


28日からベースキャンプを予定している富士吉田市では、初日に住民約2000人を招いた歓迎式典を行う予定だっただけに、突然の延期発言にびっくり仰天。担当者らは「式の段取りも決まっていたのに…」と頭を抱えている。

 
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