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読書日記

 投稿者:今岡  投稿日:2010年 2月22日(月)06時45分37秒
  先生へ、投稿が遅れました。

寺岡寛『学歴の経済社会学』2009、信山社

 塾頭の新著であります。
 本書の帯に、「それでも、若者は出世を目指すべきか  いま、わたしたちは社会性を持った新たな立身出世主義を必要とする社会に生きているのである。」とあります。「立身出世」という言葉は小生の辞書においては擦れていまして凝視すれば「はは~ん」と読める程度のものであります。まあ、端的に言わせてもらいますと、興味の埒外にある語彙といえましょう。とはいえ、「立身」を「身を立てる」と読めば、事は間単に済むことではありません。小生の個人的見解では、「職に就き明日の糧を得る」とことになります。この「職に就く」というのは職種自体に得て不得手とか好き嫌いとかを問いません。ただ考えているのは、時間的拘束が短く自活できる程度に明日の糧となり、さらには家族を養え、ついでに書籍を購入できる程度の労働報酬がもらえるものであります。ただ書籍を購入する(読む読まないは問いません。ただ書を集めるということに意義を見出しているのであります。)というのは際限がありません。ということで職種の選択の幅は著しく狭まります。

 ただし小生の古語辞典には、「立身出世」という語彙はあります。この場合の「立身出世」は、明治期(薩長藩閥体制化)の青年が青雲の志を抱きながら文明開化の世に故郷を離れ出(いづ)る、ことを意味します。その懐には、西川正直訳『西国立志編』を忍ばせていたことでしょう(竹内均『スマイルズ 自助論』訳者解説)。夢と希望に満ちた青年が、夢いまだかなわぬときに詠う詩が以下に類似したものと想像するのであります。

ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや
ひとり都のゆふぐれに
ふるさとおもひ涙ぐむ
そのこころもて
遠きみやこにかへらばや
遠きみやこにかへらばや

戯言は終わりにして本題に入ることにしましょう。

本書「第一章 同窓学会と経済社会学」に明治5年の「学制」(學事奨勵ニ關スル被仰出書)について記述があります。塾頭の説かれるところは本書に拠って頂ければ幸いです。ここでは文科省の『学制百年史』(文科省のホームページにあります。)から引用しましょう。

「学制序文(被仰出書)は、学制の教育理念を明示したものであり、新しく全国に学校を設立する趣旨を述べ、また学校で学ぶ学問の意義を説いている。そこに示されている教育観・学問観は従前の儒教思想の基づくものとは明らかに事なっており、これを批判し排除する立場に立っている。すなわち欧米の近代思想に基づくものであり、個人主義・実学主義の教育観・学問観である。また四民平等の立場から、学制は全国民を対象とする学校制度であることを強調している。」

 上記のように学制序文は、儒教思想による教育を否定しています。その弊害を以下のように記述します。

 「従来、学校を設ありてより年を歴こと久と雖も、或いはその道を得ざるよりして、人その方向を誤り、学問は士人以上のこととし、農・工・商及び婦女子に至っては、これを度外に置き学問の何物たるを弁ぜず。又、士人以上の稀に学ぶ者も、動(やや)もすれば国家のためにすと唱(となう)の末に趨(はし)り、空理虚談の途に陥り、その論高尚とに似たりと雖も、これを身に行ひ、事に施すこと能はざるもの少なからず。これ即ち沿襲の習弊にして、文明普(あま)ねからず。才芸の長ぜずして、貧乏・破産・喪家の徒多き所以なり。」

 では儒教の一部を検討してみましょう。(尚、以下に記載する条は小生の恣意的な選択によるものです。)
 『論語』泰伯第八に以下の条があります。

 「子曰、三年学、不致於穀、不易得也、
 子曰く、三年学びて、穀に至らざるは、得易からざる也。

 吉川幸次郎教授はこの条を以下のように説かれます。

「およそ三つの説がある。
「穀」を「善」と読み、三年学問しながら、善に到達しないものは、めったにない。それが古注に引く孔安国の説である。
 「穀」を「俸禄」と読み、三年間勉強した結果として、俸給をほしがらぬもの、つまり、大学を卒業しても、就職を希望せず、学問をつづけたいというもの、それはめったにない。それが朱子の新注の説である。またちかごろ再発見された鄭玄の注の説も、期せずして朱子と同じい。
 第三に、「穀」をやはり「俸禄」の意味とするが、三年間勉強した結果として、官吏として俸給を得べき資格に到達しないもの、それはめったにない。つまり、三年間の勉強は、社会人としての地位を、おのずから保証する。これは皇侃の「儀疏」に引いた東晋の孫綽の説である。
 私は、第三の説を、もっとも好み、従ってそれによって、この条を読んでいる。」

 吉川教授の説に基づけば、この条は実学と解することができると考えられます。しかしながら幕藩体制下における御用学問として朱子学が講ぜられました。したがって幕藩体制下での論語解釈は朱子に寄らざるをえません。朱子の解釈は吉川教授が示されたとおりであります。もっと解りやすく書かれたものに宇野哲人『論語新釈』があります。『論語新釈』の記述内容が、朱子の『論語集注』の説に従っているとのことですので、以下にその解釈を記載しましょう。

〔通釈〕長い年月の間学問をしていながら、その心が専らで仕えて禄を求めようなどと考えない人は誠に得難いものである。
〔語釈〕○三年―年月の長いこと。三年と限ったわけではない。○至る―朱子は「志」の字誤りというけれども、至で意味が通じる。○穀―官吏の俸給である。
〔解説〕この章は心を学問に専らにする人ないのを嘆息されたのである。
 子張のような賢い人でも、孔子に官吏となって俸給をもらう道を問うくらいだから、その以下の者が、俸給めあてに学問するのは無理はない。だから三年学んで俸給のことを思わない人の得易くないのはもっともである。(楊時の説)
(引用者注:解説が楊時の説となっていますが、朱子の『論語集注』に記載されているか否かは未確認です。)

 解説から学問は、純粋に学問であるべきで文官になるための修練ではない、と考えられます。したがって学制序文の作成者たちが。儒学を詞章記誦・空理虚談と断じたのはあながち否定できるものでないと考えられます。ここでちょっといちゃもんを儒学の門外漢であり論語の素人がつけさせてもらうと、解説にある「三年」を「長年にわたって」と記述すべきではないのと思われます。
 さらに、学制序文の製作者が、旧来の学問では「才芸の長ぜずして、貧乏・破産・喪家の徒多き所以なり」と断じてありますが、身近なところ(蔵書及びネット)に資料がありませんので確認することができませんでした。
 いずれにせよ学制製作者たちの内7名が洋学者であったことから、旧体制の学問の否定はいたし方ないものと思われますが、西洋かぶれた者の文明開化せぬ世間の心象風景は如何ばかりのものであったのでありましょうか。

 横道に入ることにします。学制序文に、「邑に不学の戸なく、家に不学の人なからしめん事を規す」との理念のもと学校制度は開始されました。その学校設置費・授業料等は一部国費負担もありましたが、そのほとんどは受益者負担でありました。学制百年史に、「明治六年の公学費統計によれば、文部省補助金は全体のわずか12%余を占めるにすぎず、これに対して「学区内集金」すなわち人民の貧富の程度等に応じて課した戸別割当金が約43%を占めて最も多く、その他の寄附金が約19%であり、授業料収入は約6%であった。」とあり、さらに続けて、「このような過重な民費負担にたいする民衆の不満は大きく、教育内容に対する不信など合わさって学制に対する不満がたかまっていた」と記述されています。
 上記の事について、『日本残酷物語 4 』(P52)は以下のように記述します。
 「小学校の制度でも、その設立費、維持費などがまずしい農民の肩にかかってきた。しかもその小学校の指導は、文部省と県庁の役人が村々にまわってきて、「たたみの上では授業ができない。なにがなんでもペンキぬりの洋館をたて、机と腰かけをいれなければならない」というようなことがいわれたのである。小学校の教育も農民には理解できなかった。それまでの庶民の子どもたちは、親がしつけたり奉公にだしたりして、生業を身につけていたのであるが、小学校の学習は村々の生活と無関係に思われるうえ、民間の修行や奉公のさまたげになるとおもわれたのである。」
翌年には(明治6年)徴兵告諭・地租改正が行われ、それに反対する百姓一揆(一揆とは江戸時代までの表現であり、明治期は百姓暴動もしくは百姓騒擾と表記するのが通説であります。)の折に、小学校が焼き討ちにあったことはむべなる事かと思われます。

 ともあれ日本の近代化は教育制度の拡充によってもたらされたと云われています。その為にも本書が、学歴という視点からの教育史及び産業史を交えながら記述されていますので、日本の近代史を考える上で大いに参考になるものと思われます。暦女たちの近代史入門の書でもあります。

 戯言を終えるつもりがここまで戯言を続けてしまいました。小生の戯言に惑わされることなく本書を読んでいただけるとありがたいのですが。もっとも小生の戯言に影響を受ける人は一人もいないことでしょう。

目次は以下のとおりです。
序 章 立身と出世の社会構造
第1章 同窓会と経済社会学
第2章 「立身」の経済社会学
第3章 「出世」の経済社会学
第4章 幸運と不幸の相関関係
第5章 垂直と水平の社会構造
終 章 立身出世主義と企業文化
 
 

今岡さん

 投稿者:寺岡  投稿日:2008年 8月29日(金)08時07分18秒
  遅まきながら、学外疑塾にアップしました。米国出張しておりました。

http://ivory.ap.teacup.com/gijuku/

 

読書日記

 投稿者:今岡  投稿日:2008年 8月 8日(金)12時02分51秒
  スコット・A・シェーン『プロフェッショナル・アントレプレナー』(2005)英治出版

本書の原題は、“FINDING FERTILE GROUND Identifying Extraordinary Opportunities For New Ventures”である。原題及び邦題には”・・・ship”、『・・・精紳』という語彙が含まれてない。つまり一般的に創業or起業が語られる場合、パーソナル論が往々にして見受けられるが、本書においては一部の言説を除いては論及されない。

 本書は、「新規事業が育つ肥沃な土地を発見すること、つまりどのようなビジネスチャンスをいかに追及すべきか」に主眼を置いている。著者は本書の特長に以下の3点を挙げている。

1. ほとんどの書籍が、成功するために必要な「起業家としての特性」について書いているのに対して、本書は「優れたビジネスチャンスをとらえる」ことに重点を置いている。なぜなら、「起業家の特性の特性」について語ることは問題が多いからだ。成功する起業家に共通する特性を見つけ出そうと、過去何十年にわたって学術的な研究がつづけられてきたが、実際にそんなものは存在しなかった。つまり、特別な特性がなくても、だれでも起業家として成功できるのだ。
 (略)
 私は、起業家的なものの考え方や才能が役に立たないと言っているのではない。すべての条件が同じなら、起業家的な才能や考え方は、優れた業績を上げるのに役立つ。しかし、実際には、すべての条件が同じということはない。起業家として成功するために最も重要なのは、どのようなビジネスチャンスを追い求めるかである。
 起業に関する学術研究によれば、ビジネスチャンスがベンチャー企業に与える影響があまりにも大きいため、起業家の特性の違いなどほとんど意味がない。どんな事業を始めるかにせよ、優れた起業家であることに越したことはないが、本当に重要なのは有利な事業を選ぶことである。レストランを開業するより、バイオテクノロジー企業を始めるほうが、成功のチャンスがはるかに大きい。
 (略)

2. ほとんどの書籍は、新しい会社を立ち上げるのはどうすればよいかに重点を置いているが、本書は、どのような種類の事業を始めるのがよいかに重点を置いている。
 (略)
 適切なビジネスチャンスを慎重に選ぶ方法を習得するためには、本書では、成功の鉄則をフレームワークとして提供している。これは、ベンチャー企業の成功要因に関する学術研究に基づいている。このフレームワークにより、ビジネスチャンスを発見し、ビジネスモデルを構築するためにはどのような手段をつかえばよいかがわかり、新会社の業績を高めることができる。
 (略)

3. 本書は、テクノロジー企業のビジネスモデルをどのように発見するかに重点を置いている。なぜなら、インターネット、公害を低減する化学物質、高温セラミック材料、燃料電池など、テクノロジーを基盤とした事業の成功要因が、テクノロジーを基盤としない事業においては存在しないか、重要性がほとんどないからである。テクノロジーを基盤とした事業は、知的財産、収穫逓増の法則、支配的(ドミナント)デザイン、普及、S曲線などの重要な成功要因がある。
 (略)

 1と2で記述されている学術研究(論文よりも書籍)を読みたいものだと考えるのであるが、小生にとって根源的な問題は邦訳されているかどうかに係っている。自動翻訳ソフトも直訳的で意味をなさないことが多かったように記憶する。最新のソフトはどの程度改善されたかは知らない。

 本書の特長2に述べられた成功の鉄則のフレームワークを著者は以下の10ヶ条に区分されている。
第一の鉄則・・・有利な産業を選ぶ
第二の鉄則・・・価値あるビジネスチャンスを発見する
第三の鉄則・・・テクノロジーの進化を制する
第四の鉄則・・・本当の市場ニーズを発見し、それを満たす
第五の鉄則・・・購入者の意思決定と、市場の力学を理解する
第六の鉄則・・・既存企業の弱みに付け込む
第七の鉄則・・・知的財産を管理する
第八の鉄則・・・イノベーションの利益を専有する
第九の鉄則・・・適切な事業体制を構築する
第十の鉄則・・・リスクと不確実性に対処する

 第五の鉄則に「購入者の意思決定を予測する」という項目がある。その中に以下の記述がある。

 「新しい製品がたどる最も一般的な購入パターンは、図1(省略:引用者)に示される正規分布である。これは、人間の行動パターンのほとんどは、正規分布の形で表現できるという考え方に基づいている。すなわち、全体のうち、人より先に行動したり、あとに行動したりするのは少数で、残る大多数は早くも遅くもなく、中間に位置する。」

 この記述の後に詳細な内容が記述されているのであるが、ここは小生なりに簡略して記述する。
人より先に購入する少数の革新的購入者をイノベーターと呼び、これらの人々はテクノロジーに十分精通しており、いち早く購入に踏み切る。次に続くのがマジョリティと呼ばれる大多数であり、且つ主流派である。このマジョリティの購入動機は、イノベーターが購入することによって、新しいテクノロジー製品やサービスの価値に関する情報が広まり、製品評価の不確実性が薄れることによる。最終的にはラガートと呼ばれる顧客グループがある。このラガート層は製品若しくはサービスの価値が安定するまで新しいテクノロジー製品を購入しない。
 尚、訳者注として次の記述がある。

 著者は、顧客をイノベーター、マジョリティ、ラガードの三つに分類して説明しているが、このコンセプトの提唱者であるジェフリー・ムーアは、著書『キャズム』のなかで、顧客をさらに細かく5つに分類している。すなわち、イノベーター、アーリー・アドプター、アーリー・マジョリティ、レイト・マジョリティ、ラガードである。著者のいうイノベーターは、ムーアによるイノベーターとアーリー・アドプターに相当するが、これは別名テクノロジーオタクとビジョナリーであり、両者の属性や行動特性は異なっているため、マーケティング施策も個別に立案する必要がある。

 注にあるキャズム(chasm)を直訳すると「深い裂け目」だが、著者はこのことについて次の様に記述する。

 残念ながら、ほとんどの起業家にとって、販売の対象をイノベーターからマジョリティに移行させるのは非常に難しい。マーケティング・コンサルタントのジェフリー・ムーアは、この移行を「キャズムを越える」と表現している。キャズムを越えることが難しいというのは、起業家の多くはイノベーターに対して製品やサービスを売り込むことはうまいのだが、マジョリティに販売を拡大しようとすると問題にぶつかる、という意味である。

 クライアントの獲得の難しさは解っているつもりではあるが、「お客様は神様」だと勘違いしているクライアントは御免蒙りたい。

 著者は最後に以下のように記述しペンを置く。

 本書では、成功する起業家を優秀なプロのギャンブラーにたとえて説明した。胴元に不利なゲームを知っていて、そのゲームの規則をよく理解していれば、勝つチャンスは非常に大きくなる。本書で述べた<10の鉄則>に従えば、肥沃な土地、すなわちハイテク分野のベンチャー企業の発展を促進するまたとないビジネスチャンスを発見する一助となるだろう。本書に盛り込まれた情報は成功を保証するものではないが、成功の確率を劇的に高めるものである。
 これで、テクノロジー起業家としてゲームに勝つための鉄則をマスターしていただけたと思う。
 プレーの準備は整った。幸運を祈る。

 さて、著者に幸運を祈られたとしても、小生個人に関していえば、ハイテク分野の知識が100%欠落している以上無理難題のような気もするが・・・、とはいえ、著者が指摘するビジネスチャンスを発見するための例示された変化、すなわち①テクノロジーの変化、②政策や規制の変化、③社会や人口動態の変化、④産業構造の変化に遅ればせながら気が付き、さらにハイテク分野の知識があったとして、起業家になったとしても前述したようなことを基本姿勢とすると『バカ社長論』のバカ社長になる可能性が大である。

*:山田咲道『バカ社長論』(2008)日経プレミアムシリーズ。
 

読書日記

 投稿者:今岡  投稿日:2008年 7月11日(金)05時10分40秒
  ジャクディシュ・N・シース『自滅する企業』(2008)英治出版

 本章の副題は「エクセレント・カンパニーを蝕む7つの習慣病」となっている。
“はじめに”の冒頭部分を引用しよう。

 この本の原点は、ある企業の経営者が発した問いである。私がこれまで受けた質問のなかでも、とりわけ鋭かった。
 「なぜ優良企業がダメになるのか」
 この難問をぶっかけたCEOは、トム・ピーターズとロバート・ウォータマンによる80年代のベストセラー『エクセレント・カンパニー』の大ファンだったが、ショックを隠しきれなかった。世界の模範として取り上げられた多くの会社が、経営難に陥ったり、すでに消滅していたのだ。その中には、シアーズ、ダナ・コーポレーション、AT&T、ゼロックス、IBM、コダックのような、アメリカ実業界の象徴だった企業も含まれている。

 まさに高校時代の古典の授業を想起させるのである。

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者もつひには滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。(平家物語)

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮ぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例なし。世の中にある人と、栖とまたかくのごとし。(方丈記)

 著者は、企業が消滅する理由に関して、3つの理論があるとされる。

一番目は、個体群生態学の理論、つまり「適者生存」理論である。企業が消滅するのは、より大きく、より優秀な会社が現れて事業を奪い取るからだ。要するに、競合によって体系的に排除されるのである。
二番目は、必然性の理論、つまり「出生死滅」理論である。人間のライフサイクルと同じように、出生と死滅のサイクルはどんな企業にも避けられない、という理論だ。会社がいずれ消滅するのはどうしようもない―寿命が尽きるまでの時間の問題にすぎない。
三番目は、蓋然性の理論、つまり「自滅」理論である。人間が不健康な生活習慣を積み重ねると致命的な病気にかかり、死に至る確率が高くなるのと同じように、企業が自滅的な習慣を積み重ねると回復不可能な状況に陥り、消滅する確立が高まる。

 本書の主題は上記の三番目にある。著者が衰退企業の転落の理由を突き止めようとして調査した結果わかったことは、優良企業が転落するのは、外部環境が大きく変わっているのに、変化を起こすことができない、あるいはもっと不思議なことに、変化を起こしたがらない場合があることである。
この場合に至る根底には、成功した企業が名声を獲得していく過程で身につけてしまう、自滅的な習慣があることがわかったと、著者は記述している。この自滅的習慣を7つに分類されており、8番目、9番目習慣を加えることもできたが、もっとも避けるべき習慣を特定することにした、とされる。もっとも7つの習慣をもっと絞れといわれたら「現実否認症」「テリトリー欲求症」の2つが、もっとも危険な習慣だといわざるをえない、と述べられている。
本書には7つの習慣病の症例と処方箋が記述されている。貴方の会社は、ここでいう7つの習慣症に罹患しているのか、いないのかを本書読んで診断してみるのも一興であろう。

7つの習慣症は以下の通りである。

 現実否認症―神話、定石、正統という呪縛
 傲慢症―おごれるものは久しからず
 慢心症―成功は失敗のもと
 コア・コンピタンス依存症―諸刃の剣
 競合近視眼症―忍び寄る伏兵
 拡大強迫観念症―右肩上がりの幻想
 テリトリー欲求症―コップの中の縄張り争い

 因みに、おごれるもの(傲慢症)として例示された企業は、GM、ボーイング、マイクロソフト、エンロン、ワールドコム、ソニー、メルク及びモトローラである。これらの企業が平家と同じ運命であったのか、それとも同じ運命となりつつあるのか、壇ノ浦の合戦は終わったのか、これから開始するのか、それとも回避できるのか・・・・・・。
 

読書日記

 投稿者:寺岡  投稿日:2008年 7月 8日(火)07時30分39秒
  今岡さん、御礼遅れました。アップしておきました。

http://ivory.ap.teacup.com/gijuku/

 

読書日記

 投稿者:今岡  投稿日:2008年 6月21日(土)05時07分13秒
  ウィリアム・D・バイグレイブ[編著]『MBA起業家育成』(1996)学習研究社
原題は「THE PORTABULE MBA IN ENTREPRENEURSHIP」である。

 ロバート・ダーントーンはエセー「読者がルソーに応える―ロマンティックな多感性の形成―」の冒頭において、「啓蒙思想家たちが世界地図を描いて世界の征服を企てた時、彼らは読者の心に自分たちの世界観をどこまで刻みつけられるかどうかに、ことの成否はかかっていることを知っていた。だが、この作戦はどうすれば実行できるのであろうか。・・・読書という経験はとにかくありふれているから、完全に理解できるもののように見える。だが、もし私たちが読書の何たるかを本当に理解し、ページに印刷された小さな記号からどうやって意味を読みとるかが分かるとしたら、私たちは、人間が文化によって周囲に織りなした象徴の世界にどうやって適応していくかという、より深い謎を解きはじめることができるはずである。(『猫の大虐殺』岩波同時代ライブラリー)」と記述している。

 上記の文章を以下のように書き換えてみる。

 創業とか起業とかを推進しようとする者達が、日本経済が停滞している状況からの脱却の方法として描いた新産業施策を企てた時、その担い手たちの内心に読書を通じて如何にして創業若しくは起業を刻みつけられるかどうかを、知っていたかどうかは疑問とするところである。さらに、創業とか起業に関する本は数限りなく出版された。読書という極ありふれた経験を通して、これらの書物に印刷された小さな記号が象徴し意味するところを読み取ることができたのであろうか。伝統や文化によって作り出された常識という名の因習に囲い込まれた日常生活からの逸脱ともいえる創業や起業に結びつくのであろうか。開廃業率の変遷から考えてみると、この作戦は、戦略・戦術が見透かされたのか、単に兵站が貧弱であったか、または他に理由があったかどうかは不明であるが、創業や起業が飛躍的に伸びた痕跡は認められないものと思われる。したがって、敗戦であったのか、転戦中なのか、作戦計画の変更中なのかも定かではない。創業や起業において斯業経験が主たる要因であることは間違いないと考えるのであるが、読書経験はそれにどのような彩を添えることができるのであろうか。

 バイグレイブ教授は、「起業家は世界の経済秩序をひっくり返すほど革命的である場合も稀にあるだろうが、むしろ既存マーケットに参入するタイプである場合がほとんどである。」と指摘されている。さらに、アントレプレナーシップの教授に関し以下のように記述されている。

 「アントレプレナーシップの真髄を教授することはそもそも可能なのであろうか。新しい会社の誕生はまったくの偶然によるもので、その後の成功も行き当たりばったりのプロセスにすぎないのだろうか。
 10年前、場合によっては5年前まで、ビジネス・スクールの権威たちはアントレプレナーシップを教えることは不可能であると主張していた。しかし、今日、アントレプレナーシップはビジネス・スクールのカリキュラムの中で急速に授業時間数が増えている科目となっている。この急激な変化は、アントレプレナーシップに関する知識すべてが、ここ10年かそこらで開拓されたということによるものである。
 新規事業を生み出すプロセスがかなりよく理解されるようになった。そう、アントレプレナーシップを教えることはできるのである。もっとも、物理学者がアインシュタインを生み出すように、あるいは、テニス・コーチがナブラチロワを作り出すように、我々がビル・ゲイツやリズ・カリボーンを次々と生み出すことができるという保証はない。ただ、起業の才能がある生徒たちを私たちに預けていただければ、彼らをより優れた起業家に育てることは可能である。」

 さて、ここで問題となるのは、如何にすれば「起業の才能がある生徒」を見つけ出すかということになる。バイグレイブ教授は、成功している起業家の最も重要な特徴として以下の10項目を挙げている。

夢   起業家は、自分自身や自分の事業がこれからどうなるのか、見通しを持っている。もっとも大切なのは、彼らがその夢を実現させる力があるということだ。

判断力 起業家は躊躇しない。素早く決断する。素早さも成功要因の1つとなる。

実行力 一度決めたら、可能な限り早く動き出す。

決意  起業家は事業に全身全霊を注ぐ。たとえ困難な障害にぶつかってもあきらめない。

献身  起業家は、時に友人や家族との関係を犠牲にしても事業に打ち込み、疲れることなく働く。事業を立ち上げようと必至になっているときは、1日12時間、週7日働くことも珍しくない。

思い入れ 起業家は自分の仕事を愛している。困難な時でも耐えられるのは、好きだからこそだ。また自分の製品やサービスに思い入れがあるから、効果的に売ることができる。

ディテール 悪魔はディテール(細かな部分)に住むと言われる。これは、まさに事業を立ち上げ成功させるときに当てはまる。起業家は、細かな部分にまで注意を払わなければならない。

目標  起業家は従業員に頼るよりも、自分で目標を達成しようとする。

おカネ 金持ちになることが、起業の主な動機とはならない。おカネはむしろどれだけ成功したかを測る指標だ。起業家は、成功すればその分報われると考えている。

分配  起業家は、事業の成功に欠かせない従業員たちに、会社の所有権を分け与える。

上記項目で首肯するべき点が多々あることは言うまでもないが、問題を孕んでいるものがある。「献身」「思い入れ」「分配」の3項目である。「献身」においては、起業家が家族を有している場合、家庭崩壊の危機に見舞われることもある。さらに、無謀な借入金の誘引の1つでもある。「思い入れ」においては、「思い入れ」が強ければ強いほど起業家は、消費者又はユーザーの意見に耳を傾けない傾向がある。「分配」においては、一部の起業家に見られることかもしれないが、従業員を自己の事業の協力者又は協働者とは見ないで、単なる自己の使用人としてみなす者がいる。したがって、このような起業家の下においては、会社の所有権の分配など考えられない。

 さらに、バイグレイブ教授は、ローザベス・カンターの9つのFを紹介している。この9つのFは、起業家が成功するための要である。

創業者(Founders)  第一級の起業家を擁することは、創業間もない起業にとって必要不可欠な要素である。

焦点を絞り込む(Focused)  起業家精神旺盛な企業は、ニッチ・マーケットを狙う。専門分野に特化するのである。

迅速(Fast)           起業家精神旺盛な企業では、意思決定が迅速に行われ、間髪おかず実効へ移される。

柔軟(Flexible)    起業家精神旺盛な企業は、自由な発想を持ち続け、変化に適応していく。

刷新・改善へのたゆみない努力(Forever-innovating)  起業家精神旺盛な企業は、飽くことのない革新への努力を続けていく。

階層のない組織(Flat)  起業家精神旺盛な組織は、最小限の経営階層しか持たない。

倹約(Frugal)    間接費を低く抑え、生産性を高めることで、起業家精神旺盛な組織は費用を抑えている。

親しみやすさ(Friendly)  起業家精神旺盛な企業は、顧客や業者、社員に対して親しみやすく好意的な存在である。

楽しさ(Fun)    起業家精神旺盛な企業とつき合うことは、楽しいものである。

バイグレイブ教授は9つのFの内、もっとも重要な要素は、創業者である起業家の資質であるとされ、次に市場であるとされる。更に続けて以下のように指摘される。

 「成長著しい企業は、マーケット・シェアーの分類では「その他の企業」という部分に入れられる。成長企業は家庭でも知られている大企業ではなく、創業間もない、起業家精神溢れる中小企業である場合が多い。だからこそ、専門性が成功の鍵となる。事業を成功させたいのなら、ニッチ・マーケットを狙うことがポイントである。」

 間隙市場を狙うことに関しては、既に末松玄六教授が指摘していることである。

本書の構成は以下の通り。
第1章 起業のプロセス
第2章 チャンスの見極め:潜在力の高いベンチャーを探す
第3章 市場機会とマーケティング
第4章 成功するビジネス・プランを作るには
第5章 正しい財務予測の仕方
第6章 ベンチャー・キャピタル
第7章 フランチャイズ化
第8章 収穫(ハーベスティング)
第9章 起業家とインターネット

参:第7章 フランチャイズ化・・・最高裁ホームページ、判例集、千葉地方裁判所民事第5部、平成19年8月30日判決(尚、当該裁判が確定したかどうかは不知)

注:本書は、紀伊国屋ホームページによると「注文できません」となっている。
 

メールしました。

 投稿者:岡田  投稿日:2008年 2月23日(土)17時59分18秒
  寺岡先生、今岡さん、今晩は。
ファンドにつきまして、お聞きしたいことがあり、メールしましたので、よろしくお願いします。
 

>今岡さん

 投稿者:teraoka  投稿日:2008年 2月20日(水)18時00分31秒
  アップしました。感謝します。  

読書日記

 投稿者:今岡  投稿日:2008年 2月19日(火)02時32分13秒
  橘玲『マネーロンダリング入門 国際金融詐欺からテロ資金まで』幻冬社新書(2006)

 本の帯に次の様な記述があります。
表:あなたにもできる!18歳未満○禁。
裏:本書は、こんなあなたの役に立ちます。
□マネーロンダリングしようと考えている人。→マネロンは犯罪です。
□脱税に思いめぐらせている人。→納税は国民の義務です。
□金融詐欺で一攫千金を夢目見ている人。→刑務所がまっているかも。
□会社の裏金作りに携わっている人。→粉飾決算は違法です。
□ヤクザ・裏社会面々の皆様。→悪用厳禁。
□億万長者・富裕層の方々。→使いこなせるかな?
*本書に掲載された事例を実践するのは自由ですが、それによっていかなる経済的・身体的・精神的損失を被ったとしても、著者・出版社は一切の責任を負いません(この記述はポイント数の小さな文字で印刷されているので、過っての保険・投信パンフレットに対する揶揄を持って読者に注意を喚起しているものなのか?はたまた当該パンフレットをただ茶化しているだけのものなのか?何れでありましょうか。または、その他の含意があるのでしょうか)。

 本書の章立ては以下の通りであります。
第一章 世にも奇妙な金融犯罪 (カシオ詐欺事件)
第二章 プライベートバンクの憂鬱
第三章 北朝鮮はなぜ核兵器が必要なのか
第四章 世界でいちばん短いマネロンの歴史
第五章 誰でもできるマネロン

 第一章でヤクルト事件を想起しましたが、こちらは国内取引でありました。さらに、海外投資で思い出したのが、安宅産業であります。安宅事件は、石油採掘権に関連した投資で膨大な損失を被った結果、安宅産業が倒産必至の状態になり、最終的には伊藤忠商事に救済合併されたと記憶します。安宅事件がドラマ化された時、出演の夏目雅子がとても綺麗でありました。国際投資詐欺では、ジェフリー・アチャーの小説『100万弗を取り戻せ』を思い出します。小説では主人公たちが詐欺にあった資金を取り戻したばかりでなく、投資した紙屑同然の株券が高騰したのであります。

 第三章ではコレスポンデント銀行の説明が大変面白いのであります。このコレスポンデント銀行と北朝鮮の核が如何に結びつくのか?「風が吹けば桶屋が儲かる」的な話ではないのであります。上記の結びつきの視点は、なるほどと思わせるものがあります。

 第五章には国際租税回避について記述されております。本書の中で具体的に書かれているタックスヘイブン税制について考えてみましょう。

 タックスヘイブン税制は、日本の居住者・国内法人が実質的にオフショア子会社を所有している場合、①法人税率25%以下のタックスヘイブンに設立され、②発行済株式等の50%超を日本の居住者・内国法人が保有し、③現地において営業実体のないペーパーカンパニーで、④全体株式の5%以上を保有している株主が特例の対象となり、国内所得と合算され課税されます。

 上記のことを回避するためには以下の条件を整えればよい。とされます。

1 株式の50%超を日本の非居住者もしくは外国法人が保有する(ただし会社の支配権を失う)。
2 現地で実際に営業を行う(事務所や人件費などのコストが発生する)。
3 どの株主も持ち株比率が5%を超えないよう、たとえば21人の株主が均等に株を保有する(株主構成が安定せず会社のガバナンスに問題が生じる)。
株主持合などを使ってこの問題をクリアすることもできるが、もっと簡単なのはオフショアの本店を移してしまうことである。

確かに上記の通りではありますが、所得税法及び法人税法には以下のような規定があります。
所法 第五条(納税義務者)第二項 非居住者は、次に掲げる場合には、この法律により所得税を納める義務がある。
第二項第一号 第百六十一条(国内源泉所得)に規定する国内源泉所得を有するとき
  以下略
法法 第四条(納税義務者)第二項 外国法人は、第百三十八条(国内源泉所得)に規定する国内源泉所得を有するとき、 (略) この法律により、法人税を納める義務がある。

 さらに、移転価格税制や過小資本税制についての回避策として次のように記述されています。前者は資本関係や人的関係のない法人をあいだに入れること、後者は外国法人と日本法人の資本関係を切り離すこと、とされます。ただし本書第一章のカシオの轍を踏むことのないよう、お気をつけ遊ばせ。

 本書の中で特に記憶の隅にでも留めて置きたい記述がありました。第三章にSWIFT(The Society for Worldwide Interbank Financiar Telecommunication)に関する記述があります。このSWIFTはベルギーにある金融業界の協同組合で、全世界7800の金融機関が加盟している組織です。加盟金融機関の海外送金情報がこの組合に全て蓄積されることです。
もう1点、第五章に匿名性の高い海外オフショア法人を通して日本の株式市場に投資している日本人が増えている、とのことです。
 

読書日記

 投稿者:寺岡  投稿日:2008年 1月21日(月)08時39分29秒
  学外疑塾にアップしました。今岡さん、ありがとうございました。

http://ivory.ap.teacup.com/gijuku/

 

読書日記

 投稿者:今岡  投稿日:2008年 1月21日(月)02時09分56秒
編集済
  今回は小説を紹介します。

橘玲『悪玖夢博士の経済入門』文藝春秋社(2007)

 本書の主人公である悪玖夢博士が民衆救済事業を行う拠点たる研究所は、社会の底辺に沈む不幸な人々に寄り添うべく、新宿・歌舞伎町裏にある風俗街のラブホテルとピンサロにはさまれた雑居ビルにある。その雑居ビルの他のテナントは、中国エステ、オカマバー、SMクラブ、闇賭博の類で、最上階には老若男女が集まる怪しげな宗教団体の礼拝所がある。
 悪玖夢博士のプロフィールは、姓を悪玖夢、名を三太郎という。海外の著名な大学で十余の学位の取得した後、昼夜を分かたぬ学究生活で万巻の書物を読破し、哲学・政治経済学から数学・物理学・生物学に至る諸般の学問の精髄を極め、齢70歳である。

本書の章立ては以下の通り。
第一講 行動経済学
第二講 囚人のジレンマ
第三講 ネットワーク経済学
第四講 社会心理学
第五講 ゲーデルの不完全性定理

各講に「相談無料。地獄を見たら悪玖夢へ」というチラシを見て相談に訪れる相談者は、第一講:首回正男(シュカイ マサオ)、第二講:蛇沼克夫(ヘビヌマ カツオ)、第三講:宇佐木健太(ウサギ ケンタ)、第四講:満留知羽丸(マルチ ハマル)、第五講:工藤あかね(クドウ アカネ)の面々である。
 さて、悪玖夢博士は講毎の各相談者に対し、各講の経済学理論等を如何に駆使して回答を与えるのか。
 作家の腕前をご賞味あれ。
 

今年もありがとうございました。

 投稿者:岡田  投稿日:2007年12月31日(月)08時23分41秒
  皆様、今年もお世話になり、感謝しております。
よい年をお迎えください。
 

今岡さん

 投稿者:岡田  投稿日:2007年12月17日(月)21時34分33秒
  ありがとうございました。

先ほど先生と、今岡さんにメールを入れておきました。
まだまだですが、よろしくお願い申し上げます。
 

岡田君へ

 投稿者:今岡  投稿日:2007年12月17日(月)04時39分51秒
  小生のメールアドレスを送信しました。ご確認ください。  

岡田君

 投稿者:寺岡  投稿日:2007年12月16日(日)21時49分8秒
  毎日、学校あてメールは見ています。よろしく。

http://ivory.ap.teacup.com/gijuku/

 

今岡さん

 投稿者:岡田メール  投稿日:2007年12月16日(日)21時06分21秒
編集済
  今、例のファンドについて考えているところなのですが、よろしければメールアドレスを教えていただけないでしょうか?
この掲示板は余程変な人が見ているとは思いませんが、お金が絡むため、この板には直接書き込みをしたくないからです。
よろしくお願いもうしあげます。
私の名前のところをクリックされて、メールをお送りください。

寺岡先生、学校宛にメールを送るつもりですが、春休み中もメールをチェックできる環境になっているのでしょうか?
 

岡田君

 投稿者:寺岡  投稿日:2007年12月11日(火)18時29分26秒
  岡田君、よろしく。
一号ファンドはわたしが作りました。二号ファンドは岡田ファンドということになればいいですね。

http://ivory.ap.teacup.com/gijuku/

 

遅ればせながら

 投稿者:岡田  投稿日:2007年12月10日(月)19時55分37秒
編集済
  昨日は、お疲れ様でした。

ファンド実現に向けて考えているところであります。
学生のためになり、且つ自分のためにもなるようにしていきたいと考えています。
計画を作り次第、アドバイスいただきますようよろしくお願いします。
 

昨日の晩学会

 投稿者:今岡  投稿日:2007年12月10日(月)19時31分29秒
   昨日もまた知的好奇心を大いに触発されるものでありました。
ハーチ教授、伊藤教授及び先生には、いつもながらの不躾な質問にもかかわらず丁寧なる回答をしていただきました事を感謝しております。

 岡田君や長屋君にも触発されました。両君に負けず劣らずアクションしなければならないと感じました。

 先生の著書ありがとうございました。昨夜に関して言えば、先生の言われる通り睡眠誘発剤の代わりになりました。
 

お礼

 投稿者:寺岡  投稿日:2007年12月10日(月)06時30分33秒
  今岡さん、岡田君、昨夜はありがとう。

http://ivory.ap.teacup.com/gijuku/

 

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